ご訪問ありがとうございます。


当ブログは、
・これから、専業主夫になろうと思っている方。
・専業主夫になったけど、今後、どうしたらいいのか?
という方々に主夫ジジの実践した仕事・家事・育児等の
お役立ち情報を日々の日記と共に、公開しています。

 【専業主夫になりたい方へ】 
 ● 専業主夫になる前に心得ておくべきこと
 ● 専業主夫になる前の知っておきたい公的手続き等々
 ● 専業主夫という存在について
 ● 専業主夫のリスクと回避の方法
 ● 仕事と家事、どっちがたいへん?
 ● 専業主夫のお金のこと
 ● 専業主夫は、収入がないって、ホント?共稼ぎって、どう?
 ● 専業主夫願望は、逃げ?


 ●「専業主夫」。
なにかと収入面について、問題が発生しやすい立場ですよネ!? 
そんな、あなたに贈ります。
  ・ネットショップ開業・アフィリエイト・アドセンス等々・・。
  ★ 専業主夫の在宅ワーク一覧 >>>


ご訪問ありがとうございます。
当サイトは、一部上場企業を退社し、専業主夫として 新たな道を選んだ主夫ジジの日々の生活や現実社会へ の思いを綴ったブログです。


2018/03/21

専業主夫になった理由と現実1 【まじめに】~その1

本日は、
ネット上にて、専業主夫の方々のブログを拝見しまわってみました。


それぞれの理由があり、それぞれの厳しくも、一生懸命な
日々を送り、真剣に現実と向き合っているのが、同じ立場として、
とても、勉強になりました。


そこで、
ジジも、まじめに、

・なぜ、専業主夫になったのか?
専業主夫になった理由を、まじめに、綴ります。


=======================

1.主夫ジジの生い立ち

そもそも、
ジジは、東京の下町で、ラーメン屋を営んでいる
両親の三人兄弟の次男として、生まれました。

2才違いの長身で成績優秀で、運動神経もそこそこの兄。

2才年下の妹、男の兄弟の中で育ったためか、勝気で、
気の強い娘でした。

兄からすれば、弟より、妹のほうがかわいい。
妹からすれば、次男より、長男のほうが、頼りがいがある。

ということで、
兄弟の中では、少し距離のある子供でした。


両親が、自営業の共稼ぎなので、4才くらいから、
毎日のように、一人で近所の公園で、夕方まで遊んで、
夜は、捕ってきた虫や爬虫類と戯れるような子供でした。

また、
子供のころにみられるような「かまってほしい。」という
思いが多かったせいか、怪我や事故を頻繁にしていました。

今でも、頭・額・口元・腕・すね・足首などなどに、
傷跡があります。


一般的な「次男」のように、
・お兄ちゃんには、かなわないけど、いつか、見返したい。
・大人の言うとおりにしている、まじめで、生意気なお兄ちゃんみたいには、なりたくない。

という思いがあったのか、
自由奔放で、気まぐれで、
小学校の先生には、何度も、ビンタをくらって、
母親を本気で、泣かしたことも多々。。。


母親にとっては、
まじめで、素直な兄や、危険なことをしない妹と比べ、
いつ、何をしでかすか、わからない次男が、
一番、心配で、いつも、気にかけていたようです。

まぁ、バカな子ほどかわいいと言いますからね。^^;



中学生の頃も、
ちょうど、世の中に、不良少年が一番多かったような時代もあり、
学校の校則や世間の目に対して、常に、反発していました。


高校生の頃も、
なんとか、名前を書けば、入学できるような私立の男子校。
一日中、正座だったり、先生から、バリカンで坊主にさせられたり、
停学処分を受けたり・・・。と、卒業もギリギリの生徒でした。


調理師学校へ入学し、
将来は、次男ながら、実家のラーメン屋を継ぐつもりでした。

長男は、頭が良いから、ラーメン屋は、
もったいないとの理由だったそうです。

社会人になり、
修行のため、レストランへ入社したのですが、
新しい上司と折りが会わなく、悩んでいたときに、

ちょうど、15才より習っていた武道の師匠から、
指導員の誘いがあり、レストランを退職し、
武道の指導員となりました。

とはいっても、
武道の指導員は、無報酬ですし、夜の稽古だけ。。。

当時の定職というと、残業は、当たり前の時代だったので、
道場に遅れないように、さまざまなアルバイト生活を5年ほど続けました。



世の中、バブルの真っ最中。
ジジは、時給800円程度の生活なので、
世の中を遠めで見ていました。

「お前ら、いつか、崩れるぞ!」ってね♪

すでに、
20代で、定職もつかずに、何度も、転職をし、
社会や組織という環境から程遠い日々を送っていたので、
仕事に対しての思いや責任」というのは、一般的な人からすれば、
かなり、薄かったと思います。

この時点で、
武道という「核」があるジジにとって、

武道 → 強くなる → なぜ?→ ???

まだ、
答えがなかったです。


ただ、
仕事や会社のために、好きなことや
自分自身を犠牲にすることに違和感を覚えていて、
お金よりも、自由を選んでました。

どんなに、お金がなくても、
一旦、実家に帰れば、食べるものは、困らなかったので。。。^^;



そんなこんなで、
27才のとき、6年付き合っていたババとの結婚の話が、
なんとなく、沸いてきて、
ババの両親に挨拶に行くこととなりました。

義父の一言。
「定職も就いていないどこの馬の骨かもわからない
男に、大事な娘をやることは出来ない!」



はい、
ごもっともです。。。**;


ピーーーーンチ!!

ジジ、人生最大の一代決心の時。


でも、
武道のほうも、全国大会で、優勝を争うほどの実力にもなり、
跡継ぎの後輩も、十分育ってきていたので、
思い切って、引退。

仕事も、
千葉を拠点した、当時、無名のレストランチェーンに就職しました。


無事に、結婚式も終え、
新婚生活が始まると思いきや、
ババが、ちょっと、フライングの妊娠。 笑)

それも、重度の妊娠中毒症にかかり、毎日、寝込んでいる状態。


ジジは、そんな、妻を支えるため、月間350時間以上働きつつ、
帰ってきてからは、小学五年生から高校三年生までの
数学と国語を、毎日3時間勉強しなおしました。

おかげで、
入社後、3ヶ月の試用期間が終わったと同時に、店長に昇格。
超異例の出世でした。


それでも、
周りの店長たちは、どこどこの国立大学とか、東京6大学卒業のどれか・・・。

27才にして、自分のバカさ加減を痛感しました。

だって、
分数の分母に、また、分数が入っているなんて。。。。泣)

はじめて見る
Σ(シグマ)やlim(リミット)なんて、 車? メーター???って、感じでした。



その後も、
家庭を顧みず、
仕事一筋の生活が、10年続きました。


会社も、一部上場企業となり、給料も、同業のなかでは、TOPクラス。
私も、社内では、ちょっとは、名の知れた存在でした。

でも、
急成長する過程での組織は、大きくなればなるほど、
「人財」より、
「人材」に、
評価が行くものです。


やむを得ないことなのですが、
ジジには、大きなストレスでした。

そこで、10年勤続を機に、退職。



その後、
自営業を経営し、4年で、3店舗の社長に。。。



その後、
7年ほどは、中略。。。
「人生観を変える大きな出来事の連続」は、またの機会に。



====================

ここまでで、

・実家が自営業。
・次男で、自由奔放だった。
・やりたいことを優先し、定職に就かなかった。
・仕事への執着心が薄い。
・目的がないと本気にならない。


これらが、
専業主夫になった内面的な基本要因でしょう。

次回へ続く。。。




    このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
主夫ジジの自己紹介
c6e8e3a6
【主夫ジジの自己紹介】
○生年月日:昭和の五輪ごろ。
○血液型 :一般的な型。
  もっと見る?>>>  

ジジ家の家族紹介>>>
専業主夫になった理由と現実>>



●主夫ジジの別サイト
東京周辺の話題のスポットや人気イベント情報サイト~Tokyo My Soul Town>



記事検索
RSSフィールド