仕事

2018/05/08

専業主夫になるきっかけとして、
本人の病気によるものも、少なくないと思います。

実際に、<専業主夫>という言葉で、ブログなどを検索すると、

病気。
特に、うつ病と診断され、仕事が出来なくなり、
やむなく会社を退職したというブログも良く見かけます。



会社を退職したときに、
病気での退職は、基本、「自己都合退職」となりますが、

実は、「特定理由離職者」という特別な待遇があります。


病気が理由の退社は、失業保険が
支給されない。

一般的には、
会社を退職したら、まずは、ハローワークに出向き、
失業保険」の申請をすると思いますが、

・しばらく、就職するつもりがない。
・妊娠・出産・病気・けが等で、すぐに、就職が出来ない。

また、
離職前に、12ヶ月以上、被保険者でなかった。

などの条件があると、「失業保険」は、支給されません。


【病気での退職で、傷病手当金が支給される】

では、
病気での退職の場合、どのような手続きが必要なのでしょうか。

まずは、
失業保険申請と同じように、ハローワークに行き、
相談をしましょう。


ジジの場合、
在籍しているときに体調を崩し、一ヶ月の傷病手当金を支給してもらい、
休養しました。
その後、一ヶ月間の有給休暇を消化した後に、退職。

翌月から、再び、自身で、手続きをしなおし、
再び、傷病手当金をいただくようになりました。



なので、ちょっと、複雑だったのですが、
会社からもらった離職に伴う書類をすべて、ハローワークに持っていき、
事細かに、説明を受けました。


はい、
さっぱり、わかりませんでした。。。汗)



とにかく、
こちらに、詳しい申請方法が、書かれているので、
参考にしてください。

全国健康保険協会ホームページ 
「病気やケガで会社を休んだとき 」>>>

上記内容の手続きは、退職後も、ほとんど変わりません。




  傷病手当金申請書
Screenshot_2018-02-24-10-19-19



ちなみに、
自治体によって、様々ですが、

年金の免除や社会保険から国民健康保険に変わる際の
手続きで、免除や減免をしてもらえる制度もあります。


ジジの調べた範囲では、
年金の免除は、かなり可能なのですが、結構な負担額の住民税の免除や
減免・国民健康保険の免除が可能な自治体は、ごくまれのようです。


※ 国民健康保険は、前年度の所得から算出するため、中々、難しいようです。
早めの相談で、減免の可能性はあるようです。

まぁ、こちらから、すすんで問い合わせをしないと、
何も、答えてくれないのが、お役所なので、
ダメ元で、聞いておいたほうが良いでしょう。


補足として、
傷病手当金を支給される期間は、最大で、
18ヶ月です。


支給額は、ひと月の出勤日数による日割り計算をした
7割×日数になります。



毎月、全国健康保険協会のホームページから、
申請書をダウンロードして、
医師に、申請書の医師の記入欄に、
現時点での病状を記載してもらい、

その申請書を全国健康保険協会宛に、郵送します。


もちろん、途中で、収入が発生したり、
病気が治り、医師の完治証明が出れば、支給は、されなくなります。


ジジの場合、
甲状腺機能亢進症という、
なかなか短期間では、完治しない病気なので、
じっくりと、ひと月に一度だけ通院し、

その時に、血液検査をして、処方箋を貰い、
同時に、申請書も、記入してもらっています。


【まとめ】


いかがでしょうか?

ざっくりと書いてみましたが、
とにかく、本人が動かないと、貰えるものも、貰えないし、
払わなくて済むものも、払うことになりかねないので、

じっくりと、ハローワークや役所に出向いて、
納得のいくまで、説明を受けましょう。


ジジは、
住民税も、健康保険も、免除されるものと勘違いし、

住民税の手続きの区役所と
健康保険の手続きの区民館(正反対の場所)を、

何度も、行き来する羽目になりました。。。


そんなことのないように、しっかりと把握しましょう♪


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2018/05/06

今朝、6時半。


寝ているジジのベッドに、パパが、来ました。

「お父さん、オレ、
今から、仙台に帰らなくちゃいけなくなった。」


5月3日に、久しぶりに自宅に帰ってきて、
たった、二日間で、また、家族と離れ、仕事づくめ。。。


帰ってきても、ママは、仕事に出かけ、
子供たちと、家で、ダラダラ。。。

たまに、ママと顔を合わせると、口げんかばかりで、
しまいには、離婚するとか、言い出す始末。


なんだか、哀れです。



ジジは、いつも、いつも、
何年も前から、思っているのです。

仕事で、長期出張とか、転勤とか、
海外へ飛ぶとか、


なんか、違うんじゃない???って。


たしかに、
家族を養うために、一生懸命、与えられた仕事
することは、当然といえば、当然ですし、

そうすることによって、
安定した収入が得られ、生活も豊かになるでしょう。

物理的には。。。



子供にとっても、

「お父さんは、家族から離れてまで、
お仕事がんばってくれている。」

という尊敬のまなざしもあるでしょう。



でも、
当のお父さんは、どうなの???

仕事だから。。。
・それが、オレのやりがいだから。。。
家族のためだから。。。


確かに、
そういった人たちが、たくさんいたおかげで、
日本の高度経済社会は、成り立ってきたと思います。


でも、
ジジは、


あんたら、社蓄???


って、思ってしまうのです。


はい。
ジジの偏見なのは、十分承知です。



でもね、
失って、はじめて、後悔するものです。

ジジのように、子供に先立たれるということは、
ごくまれでしょうが、


子供が、いつの間にか、成人して、
自分の道を歩み始めたとき、


「こんなにも、立派になったんだな~。」

という反面、
数えれるほどの少ない思い出しかないと思うのです。




ジジが、27才で、当時の中小企業の飲食業に
入社して、月間360時間、3ヶ月休みなしというのが、
当たり前の環境で働き、


その中で、
周りは、国立○○大学卒業とか、
早稲田卒業とかの同僚の中で、
自分のあまりのバカさ加減に、腹が立ってました。

だって、
分数の分母に、
また、分数があったりするんですぅぅぅ。++;


その悔しさから、
毎日、深夜の帰宅後、小学校5年生から、
高校3年生までの数学と国語の勉強をし続けました。


その時、はじめて、Σ とか、limって、
車じゃないって、知りました。^^;

そんな、
睡眠時間3時間ほどの生活をした結果、
十二指腸潰瘍で、血を吐き、入院することとなりました。



しかし、当時のジジは、仕事命!

入院初日に、
看護師さんに、

「退院させてくれ!」
「仕事が、たまってるんだ!」

と言ったら、看護師さんが、ジジの頭を叩いて、


「何言ってるの!」
「会社には、あんたの代わりは、山ほどいるけど、
家族にとってのお父さんは、あんたしかいないのよっ!」

って、怒鳴られました。


当たり前のことですし、
そんなことは、重々承知のはずですが、
なんか、
変に納得して、一週間、入院することにしました。


まぁ、当時のWindouws95もないような時代の
どでかいノートパソコンを持ってきてもらって、
ベッドの上で、仕事はしていたのですが。。。^^;


そして、
その看護師さんの言葉は、今でも、
心の奥底に、残っています。

たぶん、
ジジが、専業主夫を志した理由の一つかも
しれません。


この言葉。
たった一人でもいいから、その重みを
このブログから感じとって、心の奥に、伝わってくれれば、
本望だと思っています。


「会社には、あんたの代わりは、山ほどいるけど、
家族にとってのお父さんは、あんたしかいないのよっ!」



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2018/05/04

今日の東京は、
曇りで、強風。

ゴールデンウイークということで、
ソーちゃんは、幼稚園お休み。


超暴れてます。


ババも、ママも、お仕事なので、パパと交代で、
子供たちの面倒を見ていますが、
この天気では、公園にも連れて行けない。

どうせ、お掃除をしても、すぐに、崩壊させられるので、
放置してます。



それと、天候のせいか、ジジの体調も、優れません。

でも、
ベットで、横になると、ミーちゃんが、アーー。ウーー。と、
顔を近づけてきたり、コップを持って、

「飲み物くれ!」

と、日本語でない言葉で、叫んできます。


パパには、その言葉が、伝わらないので、
仕方なく、立ち上がって、リンゴジュースをコップに入れて、
渡して、また、すぐに、横になるのですが、

案の定、コップを逆さまにして、
ダーーーーッ。


そんなことを3回くらい。。。

もう、
ティッシュで、ふき取って、はい、おしまい!!


あーーーーっ、身体がだるい。。。


気分転換に、車で、
お出かけでもできればいいのですが、

連休中は、どこにも出かけなくても、何かと、
出費がかさみます。


先月のカナちゃんの入学やソーちゃんの進級もあり、
確実に、頭の中の家計簿は、真っ赤か。


でもって、
連休のせいで、ジジの手当金も、
連休明けの5月7日まで、支給されません。


ということで、
今週いっぱい、

天気も体調もお財布もパッとしません。

というタイトルになりました。


今日は、一日中ダラダラしていたので、
寝られません。

いつもなら、そろそろ、起床する時間ですが、
まだ、起きてます。


そろそろ、寝よっ!


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2018/03/21

本日は、
ネット上にて、専業主夫の方々のブログを拝見しまわってみました。


それぞれの理由があり、それぞれの厳しくも、一生懸命な
日々を送り、真剣に現実と向き合っているのが、同じ立場として、
とても、勉強になりました。


そこで、
ジジも、まじめに、

・なぜ、専業主夫になったのか?
専業主夫になった理由を、まじめに、綴ります。


=======================

1.主夫ジジの生い立ち

そもそも、
ジジは、東京の下町で、ラーメン屋を営んでいる
両親の三人兄弟の次男として、生まれました。

2才違いの長身で成績優秀で、運動神経もそこそこの兄。

2才年下の妹、男の兄弟の中で育ったためか、勝気で、
気の強い娘でした。

兄からすれば、弟より、妹のほうがかわいい。
妹からすれば、次男より、長男のほうが、頼りがいがある。

ということで、
兄弟の中では、少し距離のある子供でした。


両親が、自営業の共稼ぎなので、4才くらいから、
毎日のように、一人で近所の公園で、夕方まで遊んで、
夜は、捕ってきた虫や爬虫類と戯れるような子供でした。

また、
子供のころにみられるような「かまってほしい。」という
思いが多かったせいか、怪我や事故を頻繁にしていました。

今でも、頭・額・口元・腕・すね・足首などなどに、
傷跡があります。


一般的な「次男」のように、
・お兄ちゃんには、かなわないけど、いつか、見返したい。
・大人の言うとおりにしている、まじめで、生意気なお兄ちゃんみたいには、なりたくない。

という思いがあったのか、
自由奔放で、気まぐれで、
小学校の先生には、何度も、ビンタをくらって、
母親を本気で、泣かしたことも多々。。。


母親にとっては、
まじめで、素直な兄や、危険なことをしない妹と比べ、
いつ、何をしでかすか、わからない次男が、
一番、心配で、いつも、気にかけていたようです。

まぁ、バカな子ほどかわいいと言いますからね。^^;



中学生の頃も、
ちょうど、世の中に、不良少年が一番多かったような時代もあり、
学校の校則や世間の目に対して、常に、反発していました。


高校生の頃も、
なんとか、名前を書けば、入学できるような私立の男子校。
一日中、正座だったり、先生から、バリカンで坊主にさせられたり、
停学処分を受けたり・・・。と、卒業もギリギリの生徒でした。


調理師学校へ入学し、
将来は、次男ながら、実家のラーメン屋を継ぐつもりでした。

長男は、頭が良いから、ラーメン屋は、
もったいないとの理由だったそうです。

社会人になり、
修行のため、レストランへ入社したのですが、
新しい上司と折りが会わなく、悩んでいたときに、

ちょうど、15才より習っていた武道の師匠から、
指導員の誘いがあり、レストランを退職し、
武道の指導員となりました。

とはいっても、
武道の指導員は、無報酬ですし、夜の稽古だけ。。。

当時の定職というと、残業は、当たり前の時代だったので、
道場に遅れないように、さまざまなアルバイト生活を5年ほど続けました。



世の中、バブルの真っ最中。
ジジは、時給800円程度の生活なので、
世の中を遠めで見ていました。

「お前ら、いつか、崩れるぞ!」ってね♪

すでに、
20代で、定職もつかずに、何度も、転職をし、
社会や組織という環境から程遠い日々を送っていたので、
仕事に対しての思いや責任」というのは、一般的な人からすれば、
かなり、薄かったと思います。

この時点で、
武道という「核」があるジジにとって、

武道 → 強くなる → なぜ?→ ???

まだ、
答えがなかったです。


ただ、
仕事や会社のために、好きなことや
自分自身を犠牲にすることに違和感を覚えていて、
お金よりも、自由を選んでました。

どんなに、お金がなくても、
一旦、実家に帰れば、食べるものは、困らなかったので。。。^^;



そんなこんなで、
27才のとき、6年付き合っていたババとの結婚の話が、
なんとなく、沸いてきて、
ババの両親に挨拶に行くこととなりました。

義父の一言。
「定職も就いていないどこの馬の骨かもわからない
男に、大事な娘をやることは出来ない!」



はい、
ごもっともです。。。**;


ピーーーーンチ!!

ジジ、人生最大の一代決心の時。


でも、
武道のほうも、全国大会で、優勝を争うほどの実力にもなり、
跡継ぎの後輩も、十分育ってきていたので、
思い切って、引退。

仕事も、
千葉を拠点した、当時、無名のレストランチェーンに就職しました。


無事に、結婚式も終え、
新婚生活が始まると思いきや、
ババが、ちょっと、フライングの妊娠。 笑)

それも、重度の妊娠中毒症にかかり、毎日、寝込んでいる状態。


ジジは、そんな、妻を支えるため、月間350時間以上働きつつ、
帰ってきてからは、小学五年生から高校三年生までの
数学と国語を、毎日3時間勉強しなおしました。

おかげで、
入社後、3ヶ月の試用期間が終わったと同時に、店長に昇格。
超異例の出世でした。


それでも、
周りの店長たちは、どこどこの国立大学とか、東京6大学卒業のどれか・・・。

27才にして、自分のバカさ加減を痛感しました。

だって、
分数の分母に、また、分数が入っているなんて。。。。泣)

はじめて見る
Σ(シグマ)やlim(リミット)なんて、 車? メーター???って、感じでした。



その後も、
家庭を顧みず、
仕事一筋の生活が、10年続きました。


会社も、一部上場企業となり、給料も、同業のなかでは、TOPクラス。
私も、社内では、ちょっとは、名の知れた存在でした。

でも、
急成長する過程での組織は、大きくなればなるほど、
「人財」より、
「人材」に、
評価が行くものです。


やむを得ないことなのですが、
ジジには、大きなストレスでした。

そこで、10年勤続を機に、退職。



その後、
自営業を経営し、4年で、3店舗の社長に。。。



その後、
7年ほどは、中略。。。
「人生観を変える大きな出来事の連続」は、またの機会に。



====================

ここまでで、

・実家が自営業。
・次男で、自由奔放だった。
・やりたいことを優先し、定職に就かなかった。
・仕事への執着心が薄い。
・目的がないと本気にならない。


これらが、
専業主夫になった内面的な基本要因でしょう。

次回へ続く。。。




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2018/02/27

現在、
二人の子供がいるママは、
ファミレスでパートをしています。

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イメージ画像です。

パート始めて3ヵ月が経ち、勤務まもないパートとしては、
異例と言われるコンテストに参加することとなり、

まぁ、
結果よりも、経験することがいいんだろうな~。
程度の気持ちで、

いざ、出陣!!



結果は、
なんと、1位!!


驚きです!

次は、地区予選に参加し、その後、全国大会だそうです。

異例の結果に、会社の上層部にも、
名前を覚えられたらしいです。

でもね、
その訓練のために、他店舗に研修にいったり、
勉強会に参加したりと、

家の事や子供の事がないがしろになってます。。。


そういえば、
昔、飲食店に勤務していたジジも、入社3ヶ月の研修期間終了後、
正社員になったと同時に、異例の出世で、
店長になったっけ。。。(笑)

もちろん、
今のママと一緒で、
家事は、一切、やってませんでした。


やっぱり、
蛙の子は蛙なんですね~。


ジジのように、年を取ってから、育児をジジ・ババに、任せたことを
後悔しなければいいのですが。。。


時給1000円ほどの仕事。

子供たちが、小さい頃の思いでは、プライスレス!

二度と戻らない日々なのに。と思うのですが、

相変わらず、親の言うことをまったく聞かないどころか、
「いつも、子供を自分の思ったとおりにしようとしてる。」
とか言い出すし。


結局、毎回、言うことを聞かないがために、後悔ばかりしているのに、
毎回、同じ失敗を繰り返している。

典型的な元ヤンママです。

もう、一応は、二人の子供を持つ母親なので、細かいことは、
くどくど言いませんが、ホント、面倒な娘なのです。



でも、
思い起こせば、ジジも、ママと同じ年くらいには、
同じ事を親から言われてました。

高校時代も、ほとんど授業を受けるための学校へは行かず、
夕方からの武道の高校部活だけは、しっかり通ってました。

調理師専門学校を卒業し、地元のレストランに就職するも、
1年で、退社。

20才から27才まで、今言うフリーター生活。
月給12万円くらいでした。

親には、顔を合わすたびに、定職に就けと、
耳にたこが出来るほど、言われ続けてました。


なんか、こんなところも、
蛙の子だな~。と思うのです。

もちろん、ママには、そんなことは、言えませんが。。。。笑)



   
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主夫ジジの自己紹介
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【主夫ジジの自己紹介】
○生年月日:昭和の五輪ごろ。
○血液型 :一般的な型。
  もっと見る?>>>  

ジジ家の家族紹介>>>
専業主夫になった理由と現実>>



●主夫ジジの別サイト
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