専業主夫が原因???離婚が決定!

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たぶん、こういうブログ記事に限って、
アクセスが多くなり、家族に読まれてしまうかもしれない。。。

でも、
日記調のこのブログには、将来のために、
綴っておきます。

最初からわかっていた離婚

本当に、ジジのできること。
手を出さないようにしていたこと。
口を挟まず、敢えて、黙って耐えていたこと。等々。。。

家族の幸せを第一に考え、
家族それぞれが、適材適所と思われる専業主夫
相当な勇気と覚悟で、実践してきたのに。。。

とうとう、本日、離婚が決定してしまいました。

はい!
ジジとババではありません。

ジジとババは、今さら、お互いの考えていることなんて、
百も承知です。

逆に、二人きりになると、お互い全てを見透かされているようで、
お互いが、会話をしようとしません。

もちろん、若い頃は、
お互いの考えていることや行動や習慣に、不満を
持って、ケンカをしたことも、数え切れないほどあります。

それでも、
共感は出来ないとしても、理解をしようと、一緒に過ごしてきました。

なんて、考えているのは、ジジだけだったりして。汗)

なんだかんだ、
ババの手のひらの中で、遊ばれているのかも知れませんネ!?

カナちゃんが、成人したら、捨てられるかも知れませんし。。。汗)

離婚することとなった理由

で、
今回、離婚が決まったのは、パパとママです。

以前より、パパの金遣いが荒く、また、子供たちの面倒も、
ママ任せだったのですが、
長期出張に行くようになって、寂しさを紛らわすためか、
一段と、金遣いが酷くなり、毎月、家に入れるお金のことで、
ママと電話口で、ケンカをしていました。

まぁ、ヤンキー夫婦のよくある経過と結末です。

お互いが、自分のことを省みず、
何も、考えを改めずに、相手を責める一方。

こうならないために、一緒に住んで、
こうならないために、孫の面倒を見て、
こうならないために、二人で、遊びに行くときも、見守っていたのに・・・。

ただ、
18才と15才の後先を考えずに、子供が出来、
その後の結婚。
お互いに、周りの友達は、独身の社会人として、
自分の収入で、好きなことをして、楽しんでる。

そんな、環境を見ていて、隣の芝はなんとやら。。。なのでしょう。

想定内というか、当然だよな。

その二人も、24才と22才になって、
いい加減、自立してほしかったのですが、残念です。

今後、ママは、フルタイムで、仕事をし、育児は、本格的に、
ジジがやることになるでしょう。

今まで、母親として、ソーちゃんのお弁当作りや子供たちの
洗濯物くらいは、やらせていたのですが、今後は、ジジがやることに
しようと思っています。

父親のいない幼少期の子供への影響を少しでも、
軽減させられれば、いいなと思っています。

いままで、このブログで、子育てについて、
いろいろと、書いてきましたが、

実は、
パパとママのそういったバックボーンが、あったからなのです。

ヤンキーって、男気とか、根性とか、表面的には、意気込みはあるけど、
本当の意味での信念とか、忍耐って、ない人間が多いですよね!?

ジジも、ヤンキーが当たり前という時代が時代だったので、
決して、まともな若者ではなかったですが、
武道をやっていたので、「押忍の精神」だけは、鍛えられていました。

押忍の精神

「押忍」とは「押」と「忍」の二文字より成り立ち、その内、忍とは刃に心と書く。
刃(カタナ)とは日本武士の魂であり、我々にしてれば拳技こそが刃である。
研いていない刃は鈍ら(ナマクラ)であり、イザという時に本来の役に立たない。
同様に拳技も日頃より、研き、鍛えておかねばならないのである。

当然、切れ味鋭い刃は武器にもなるが、凶器にもなり得る。
刃は抜身であってはならない。武士は普段は刃を鞘に収め、
無闇に抜き放つことはあってはならないとされていた。

空手も同様、真に必要な時以外にはその拳技を振るってはならない。
蛮勇で振るった技はすでに拳技ではなく、凶器に過ぎない。
心という鞘に収めて制御してこそ「技」である。

故に刃と心は合わせて一字で忍と書く。

その「技」と「心」を以ってして、何を「押」えるのか?
当然、自己に未熟と他者の不当な侵略や暴力を押さえ止めるのである。
自身を護り、かつ仲間を護る護身の術、精神に他ならない。

押忍とは武の精神の表れであり、武とは二つの弋を止めると書く。

ジジの武道の師匠が、よく言っていた言葉で、

戦国時代の強さは、あらゆる勝負に勝つこと。
現代の強さは、全てにおいて、完璧になる事。(目指すこと)

これは、人として、男として、親として、社会人として、等々、
変化の早いこの時代、あらゆることを柔軟に、対応できる
能力を身に付けること。だそうです。

実際、その言葉の100分の1も、1000分の1も、出来ていませんが、
自分にとって、大切な家族を守ることくらいは、自分の人生をかけて、
全うしたいと思っています。

パパも、長期出張をしていなければ、ここまで、荒れなかっただろうし、
毎日のジジとの会話で、少しは、本当の男気を身に
付けられたかもしれません。

こればかりは、自分自身の心の中の問題ですよね!?

芥川龍之介氏の「蜘蛛の糸」を思い出します。

【 蜘蛛の糸 】

ある日の事でございます。御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。

(中略)

遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛くもの糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。※(「特のへん+廴+聿」、第3水準1-87-71)陀多はこれを見ると、思わず手をって喜びました。この糸にすがりついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば
 そこで※(「特のへん+廴+聿」、第3水準1-87-71)陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰にいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」とわめきました。
 その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に※(「特のへん+廴+聿」、第3水準1-87-71)陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立ててれました。
ですから※(「特のへん+廴+聿」、第3水準1-87-71)陀多もたまりません。あっと云うもなく風を切って、独楽こまのようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。

御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちに立って、この一部始終しじゅうをじっと見ていらっしゃいましたが、やがて※(「特のへん+廴+聿」、第3水準1-87-71)陀多かんだたが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。

 (略)

             出典:インターネットの電子図書館、青空文庫

ジジのたらす糸は、数え切れない数だったのに。。。

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