自由な専業主夫の落とし穴

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専業主夫をはじめて、一年あまり。。。

日々、成長する孫たちへの育児以外は、かなり、慣れてきました。

育児以外は、ほぼ、定型作業ですからね!?

ただし、家事において、時間管理は、一切しないことにしました。

「今日中に、終わらせればいいやっ!」
「今日出来なかったら、明日でいいやッ!」

ということが、多くなっています。

でも、

自由だから怖い

人間、生まれてきてから、大人になるまで、ほとんど全員が、
常に、何かに制限されて生きてきています。

それが当たり前のように。。。

でも、そんな中でも、

自由になりたい。

束縛から逃れたい。

誰もが、一度や二度、あると思うのです。

ジジも、20代前半に、飲食店に勤めた1年後、
武道の師匠に薦められて、武道の指導員となりました。

しかし、
指導員だけでは、生活できる収入が無いので、
昼間は、今で言う、フリーター生活をしていました。

生活費を稼ぐということだけにフォーカスして。。。

でも、
どれも、続きませんでした。

ジジの本業は、武道の指導員。

なので、「お金さえもらえれば、いいやっ!」という考えだったので、
いやになったり、納得がいかないことがあると、
次の日から、行きませんでした。

年中、無職を繰り返し、
お金が無くなったら、実家のラーメン屋に帰って、
店を手伝って、お小遣いを貰ったり、
閉店後、残り物を食べていたりしました。

当初、無職になったときは、
心の底から、社会とのつながりがなくなったことで、
いても立ってもいられない疎外感が心を蝕みました。

「どうして、普通の人たちのように、普通に仕事が出来ないのだろう。」
「どうして、みんな、毎日、きつい仕事が出来ているんだろう。」
「自分は、なんて、駄目な人間なのだろう。」
「自分の生きている価値って、なんだろう。」

こんなことを、いつも考えてました。
当時、ピーターパン症候群という言葉が、流行っていました。
まさに、
自分は、病人だ!何てことも、思っていました。

自由を得ると、希望よりも、不安や心配ばかりを考えてしまうのが、
人間なのかもしれません。

逆に、制限のない生活よりも、自由な生活のほうが、
人として、確固たる覚悟と大いなる人間性が必要な気がします。

気を紛らわすために、毎日、実家の車で、
千葉の海に早朝から一人で出かけ、夕暮れになるまで、
「宮本武蔵」や「坂本竜馬」の本を読み続けていました。

ただ、
奇想天外なこの二人の生い立ち。

ジジを実社会から、離れさせることばかり書いてありました。

自分のような、どんな、駄目人間でも、武道を修行している限り、
いつかは、人の上に立つ人間になるために、修行を続けるぞ!

なんて、思いながら、空手の修行だけは、がんばっていました。

今思うと、そのことがあったため、
その後の就職活動や異例の出世が出来たのだと思うのです。

当時のジジにとっては、唯一の小さな光だったのでしょう。

もし、
その光が無かったら、一生、家族も持てなかっただろうし、
持てたとしても、悲惨な結果だっただろうな。と思います。

今、専業主夫という立場で、
ある程度、社会から、離れて、客観的な視点で、世間をみつめています。
20代のそんな出来事がなかったら、
この年になって、
「生きる価値」とか、
「自分の生き方」とか、考えていたのだろうな~。と思います。

何十年も、仕事一途で、がんばってきた
定年後のおじさんたちのように。。。

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