専業主夫になった理由と現実1 【まじめに】~その1

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本日は、
ネット上にて、専業主夫の方々のブログを拝見しまわってみました。

それぞれの理由があり、それぞれの厳しくも、一生懸命な
日々を送り、真剣に現実と向き合っているのが、同じ立場として、
とても、勉強になりました。

そこで、
ジジも、まじめに、

・なぜ、専業主夫になったのか?
専業主夫になった理由を、まじめに、綴ります。

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1.主夫ジジの生い立ち

そもそも、ジジは、東京の下町で、ラーメン屋を営んでいる両親の三人兄弟の次男として、生まれました。

2才違いの長身で成績優秀で、運動神経もそこそこの兄。

2才年下の妹、男の兄弟の中で育ったためか、勝気で、
気の強い娘でした。

兄からすれば、弟より、妹のほうがかわいい。
妹からすれば、次男より、長男のほうが、頼りがいがある。

ということで、兄弟の中では、少し距離のある子供でした。

両親が、自営業の共稼ぎなので、4才くらいから、毎日のように、一人で近所の公園で、夕方まで遊んで、夜は、捕ってきた虫や爬虫類と戯れるような子供でした。

また、子供のころにみられるような「かまってほしい。」という思いが多かったせいか、怪我や事故を頻繁にしていました。今でも、頭・額・口元・腕・すね・足首などなどに、傷跡があります。

一般的な「次男」のように、
・お兄ちゃんには、かなわないけど、いつか見返してやりたい。
・大人の言うとおりにしている、まじめで、生意気なお兄ちゃんみたいには、なりたくない。

という思いがあったのか、自由奔放で、気まぐれで、小学校の先生には、何度もビンタをくらって、母親を本気で泣かしたことも多々。。。

そんな母親にとっては、まじめで素直な兄や、危険なことをしない妹と比べ、いつ何をしでかすか、わからない次男が一番心配で、いつも気にかけていたようです。

まぁ、バカな子ほどかわいいと言いますからね。^^;

中学生の頃も、ちょうど、世の中に不良少年が一番多かったような時代もあり、学校の校則や世間の目に対して、常に反発していました。

高校生の頃も、なんとか名前を書けば入学できるような私立の男子校。一日中、正座をさせられたり、先生からバリカンで坊主にさせられたり、停学処分を受けたり・・・。と、卒業もギリギリの生徒でした。

調理師学校へ入学し、将来は、次男ながら実家のラーメン屋を継ぐつもりでした。

長男は、頭が良いから、ラーメン屋を継がせるのは、もったいないとの理由だったそうです。

社会人になり、料理の修行のためレストランへ入社したのですが、新しい上司と折りが会わなく悩んでいたときに、15才より習っていた武道の師匠から、指導員の誘いがあり、レストランを退職し、武道の指導員となりました。

とはいっても、
武道の指導員は、無報酬ですし、夜の稽古だけ。。。

当時の定職というと、残業は、当たり前の時代だったので、道場に遅れないように、さまざまなアルバイト生活を5年ほど続けました。

世の中、バブルの真っ最中。ジジは、時給800円程度の生活なので世の中を遠めで見ていました。

「お前ら、いつか崩れるぞ!」ってね♪

すでに、20代で、定職もつかずに、何度も転職をし、社会や組織という環境から程遠い日々を送っていたので、「仕事に対しての思いや責任」というのは、一般的な人からすれば、かなり薄かったと思います。

この時点で、武道という「核」があるジジにとって、

「武道 」→ 「強くなる」 → 「なぜ?」→ 「???」。

まだ、答えがなかったです。

ただ、仕事や会社のために、好きなことや自分自身を犠牲にすることに違和感を覚えていて、お金よりも自由を選んでました。

どんなにお金がなくても、一旦、実家に帰れば、ラーメン屋ですから食べるものには、困らなかったので。。。^^;

そんなこんなで、27才のとき、6年付き合っていたババとの結婚の話が、なんとなく沸いてきて、ババの両親に挨拶に行くこととなりました。

義父の一言。
「定職も就いていないどこの馬の骨かもわからない
男に、大事な娘をやることは出来ない!」

はい、
ごもっともです。。。**;

ピーーーーンチ!!

ジジ、人生最大の一代決心の時。

でも、武道のほうも、全国大会で優勝を争うほどの実力にもなり、道場の跡継ぎの後輩も、十分育ってきていたので、思い切って引退!!

仕事も千葉を拠点した、当時は、まだ無名のレストランチェーンに就職しました。

無事に結婚式も終え、新婚生活が始まると思いきや、ババが、ちょっとフライングの妊娠。 笑)

それも、重度の妊娠中毒症にかかり、毎日、寝込んでいる状態。

ジジは、そんな妻を支えるため、月間350時間以上働きつつ、帰ってきてからは、小学五年生から高校三年生までの数学と国語を、毎日3時間勉強しなおしました。

実は、入社した会社の先輩や同期は、有名大学卒業者ばかりで、自分の無知さを目の当たりにさせられた日々だったのでした。

だって、分数の分母に、また、分数が入っているなんて。。。。泣)

はじめて見るΣ(シグマ)やlim(リミット)なんて、 どこの車? メーター?って、感じでした。

がむしゃらに勉強をしたおかげか、入社後3ヶ月の試用期間が終わったと同時に、店長に昇格。超異例の出世でした♪

 

その後も、家庭を顧みず、仕事一筋の生活が10年続きました。

会社も一部上場企業となり、給料も同業のなかでは、TOPクラス。私も社内では、ちょっとは、名の知れた存在でした。

でも、急成長する過程での組織は、大きくなればなるほど、「人財」より、「人材」に、評価が行くものです。

やむを得ないことなのですが、ジジには、大きなストレスでした。

そこで、10年勤続を機に、退職。その後、自営業を経営し、4年で3店舗の社長に。。。

その後、7年ほどは、中略。。。
「人生観を変える大きな出来事の連続」は、またの機会に。

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ここまでで、

・実家が自営業。
・次男で、自由奔放だった。
・やりたいことを優先し、定職に就かなかった。
・仕事への執着心が薄い。
・目的がないと本気にならない。

これらが、
専業主夫になった内面的な基本要因でしょう。

次回へ続く。。。

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